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フィンランドには個人が週単位で場所を借りて不用品を売れる、キルップトリと呼ばれるリサイクルショップがある。

先週からそこで不用品を売っているのだが、家中から売れそうなものをかき集めていると、夫に「なんでそんなに減らしたいの?」と聞かれた。

「不用品が家にあると気が散るじゃん。スッキリ暮らしたいんだよ。」

私はそう答えたのだが、改めて考えてみたいと思った。

 

「なんでそんなに減らしたいの?」

 

ミニマリズムを扱うブログなら、

「なぜ持ち物を減らすのか」

という問への答えは書いておいた方が良いだろう。

 

なぜ持ち物を減らすのか?

 

私が持ち物を減らし初めたのは7,8年前からだ。

当時は断捨離ブームで、ひたすらスッキリした部屋で暮らしたいと思っていた。

物を減らすのはライフハックであり、生活を楽にする手段である、という認識だった。

しかし片付けをすすめるうちにミニマリズムに出会い、私の減らす作業は方向転換することになる。 

 

ミニマリズムやミニマリストという言葉に出会ったのは、確かTedTalkのThe Minimalistsのプレゼンテーションだったと思う。

 

 

私は2人のプレゼンテーションに夢中になった。

持ち物をすべて梱包し、欲しくなったものを順番に取りに行くことで生活に必要なものを見極めるパッキングパーティが最高におもしろいと思った。

彼らの経験談やメッセージにもグッと来た。

それから国内外のミニマリストを調べ始めるようになった。

 

今思えばミニマリズムを知った時点で、私の「片付け」はほぼ完結していたと思う。

断捨離を実践していたから、家はそれなりに片付いていたし、クローゼットには物がきちんと余裕を持って収まっていた。

買い物もそんなにしないから物も増えない。

持ち物の総量をグラフにすれば、放っておいてもゆるやかな下降線を描いていたはずだ。

無理に減らさなくても、適度にスッキリしていたと思う。

 

しかしミニマリズムと出会い、私はまだ減らしてみたいと思った。

ライフハックとしての「減らす」ではなく、減らせるとこまで減らしたら見える景色が見たいと思った。

ある日そのことを考えていたら、減らせるとこまで減らせたら見えるものって「自由と軽さ」じゃないか、というアイディアがピョコっと出てきた。

それって、めちゃめちゃ開放的で気持ち良さそうじゃない?と思ったら、すっかりそのアイディアが気に入ってしまった。

 

その時から「余計なものを減らして自由で身軽に生きる」が私のテーマになった。

 

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テーマが決まったのは良かったが、そこで終わらないのがミソである。

自由で身軽な人生...結構なことだ。

でも自由で身軽なあなたは何がしたいの?と問われると、ウッとつまってしまうのだ。

 

ミニマリストの動画やブログを見ると、みんな持ち物を手放すことによって夢を叶えたり、なにかに挑戦をしたりと、減らした後に新たな一歩を踏み出している。

借金を返した、放浪の旅に出た、大嫌いな仕事を辞めた、憧れの○○へ引っ越した...と、みんな幸せそうに報告している。

 

一方、私は物が必要最小限まで減ったとしても「いや、別になにもしたくないかな...」と思うのだ。

 

減らして何をする?

 

多くの人がミニマリズムは目的でなく、手段でありプロセスだと言う。

もしミニマリズムが手段なら、その手段によって成し遂げたいなにかがあるはずだ。

具体的なイメージがなくても「やりたいことを探す」ももちろん立派な目標になるだろう。

 

しかしミニマリズムを通して身軽になったところで、私はなにか新しいことを始めたいわけではない。

私はミニマリストになって何をしたいのか?

その先は?

 

そんな時、ある言葉が頭に浮かんでストンと腹に落ちた。

それは「研ぎ澄ます」という言葉だ。

 

私は周りにある余計なものを減らすことによって、感覚を研ぎ澄ませたいのでは?と気がついたのだ。

と、ここで「もののけ姫」のテーマが頭に流れた(笑)。

連想ゲーム的に流れた「もののけ姫」のテーマだが、意外と的を得たイメージで「曇りなき眼で見定める」という表現もしっくり来た。

それは思い込みを捨てるとか、周りに惑わされず自分で確かめるという意味だろうが、そこには「余計なものを捨て去る」も含まれているはずだ。

真剣になにかを見定める時、目の端に不用品がチラついたら台無しだ。

そして「見定めるなにか」は私にとって日々の生活ではないだろうか…。

 

私はミニマリズムという手段を通して、自分を研ぎ澄ませたいのだ。

 

 

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借金完済とか旅とか、そういう具体的な目標は私にはない。

だから「で、あなたは何がしたいの?」と聞かれても答えられない(少なくとも今は)。

でも必ずしも「ミニマリストになった→○○をする」ではないと思うのだ。

 

自分を研ぎ澄ます作業としてのミニマリズム。

そして余計なものを減らして自由に身軽に生きる。

これがミニマリストになりたい私の「なぜ減らすのか」の答えである。

 

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最後に強調しておきたいのは、ミニマリズムに正解はないということだ。

ミニマリズムは物が少ない競争ではない(それはミニマムであって、ミニマルではない)。

だから誰かと比較することは意味がないし、誰に認められる必要もないの。

 

でも誰かに少しでも共感してもらえると嬉しいから、こうしてブログを書いている。

 

ところで昨日、私は冬用の帽子を買った。

持つことも喜びである。